特別支援の不思議な世界

高校教師だった私が特別支援学校勤務をきっかけに知ったこと考えたこと

「目と手の協応」を育てる

 特別支援学校に異動して最初に担当した生徒のひとりが、「目と手の協応」に課題がある生徒だった。私自身、「目と手の協応」などという言葉を知ったのはそれが初めてだった。前年までその生徒を担当した先生から一応の説明を受けたが、発語がなく、紙パンツを使用し、自閉症双極性障害の診断を受け、側わん症の手術を終えたばかりのその生徒に、どう対応すべきか途方にくれるばかりだった。ただ、救いはとてもかわいい奴だったことだ。

 素人の浅知恵で私が考えたのは、とりあえず、「目と手の協応」がなければできないことをできるだけやらせてみようということだった。例えば、毎日の靴の下駄箱への出し入れを自分でやらせてみた。はじめはなかかうまくできず、靴を片方ずつ入れたりもしたが、半年ほどでできるようになった。嫌がっても負けずにやらせ、時間がかかっても忍耐強く待ち、うまくできたときには笑顔で思いっきり称賛した。できるようになると、得意げに、こんなの簡単だ、という顔つきでやるようになった。冬には、大きくて入れにくい長靴も自分で下駄箱に出し入れすることができるようになった。

 給食の終わりに、自分でおしぼりをケースに入れさせたのは、今考えると悪くなかったように思う。これも、嫌がっても負けずにやらせた。時間がかかっても忍耐強く待った。ぶいっ、と横を向いたり、手ではねよけたりしても、何度も目の前に置いて自分でやるよう求めた。給食室に一人残されたり、次の時間に食い込んだりしてもじっと待った。しつこい奴だと思ったことだろう。ただ、うまくできて思いっきり称賛すると、満面の笑みで応えてくれた。これも半年ほどできるようになり、そのあとはおしぼりを入れた後、自分でケースのふたを閉めるところまで取り組ませた。

 自立活動で取り組ませてみたのは、固定されている棒に穴のあいた積み木を通すトレーニングだ。こちらはなかなかうまくできなかった。自立活動の時間ということで普段の生活と乖離していたからだろうか、取り組みも悪く、すぐあきらめようとすることが目立った。それでも、4月からはじめて秋ごろには、うまくできたりできなかったり、というところまでいった。その後もうまくできる確率は上昇していったが、最後まで、いつも完全にできるというところまではいけなかった。

 ほかにもいくつか取り組ませたことはあるのだが、自分の指導がこれでよかったのかどうかはわからない。「目と手の協応」については、プットインというトレーニングがあり、webページでもいろいろなものが紹介されているが、私はそのことさえ知らなかったのだ。取り組ませたいくつかのことについては、しっかり目で見て手を使えるようになったと思うが、それが生活全般に波及したかというと、必ずしもそうとはいえない。もっと有効な、あるいは効率的な方法があったのかもしれない。