特別支援の不思議な世界

高校教師だった私が特別支援学校勤務をきっかけに知ったこと考えたこと

「短期記憶」を育てる

 「短期記憶」のことを考えたのは、ある生徒を文で話せるようにしようと取り組んだ時だ。二語文程度は何とか話せる生徒だったが、語いは少なく、文字も読めなかった。私が話した文を、後に続いて繰り返すトレーニングをしていたが、なかなかうまくはいかなかった。絵カードを見せて「ドラえもんのび太が握手している」といっても、「握手している」ぐらいしか繰り返すことができなかった。話す練習は継続したが(→こちら)、文の前半の部分を忘れてしまう傾向があることから、短期記憶(ワーキングメモリー)が弱いことも原因ではないかと勝手に考えてみた。しかし、短期記憶を伸ばす方法を、私はまったく知らなかったので、素人の浅知恵で自己流で勝手にゲームのようなものを考えてみた。

 4枚のカードを用意した。神経衰弱風のカード当てゲームである。休み時間のたびにゲーム感覚で何度もやった。名刺サイズのこんなカードだ。

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 やり方は、こうだ。

  1. まず、「これは何?」と、1枚ずつカードの名前を質問して答えさせる。すべて生徒がわかる名前である。ちなみに、左から「星」「お相撲さん」「お金」「お花」だ。
  2. 次に、「どこにあるか、場所を覚えてね」いい、カードを指さして「これは星」「これはお相撲さん」「これはお金」「これはお花」などといいながら一枚ずつ確認していく。生徒は、「お金」が好きだったので、最初のうちは「どれがお金か覚えてね」といっていた。「隠してもいいですか?」と聞いて、絵カードを裏返す。

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  3. 「〇〇はどーれだ?」といって、生徒にカードをめくらせる。はじめの頃は一番初めに、必ず「お金はどーれだ?」と問いかけた。間違ったら「ブーッ」といってそのカードを再び裏返し、「〇〇はどーれだ?」と、もう一度同じ問いかけをする。これを当たるまで続ける。正解したときは、笑顔で思いっきり称賛した。正解したら、次は直前にめくって間違ったカードの名前を、「〇〇はどーれだ?」と問いかける。直前にめくったものを覚えているかどうかがテーマなのだ。直前にめくったもの以外を聞いても、答えられない。適当に答えるだけになってしまう。それでは意味がないのだ。

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  4. 3枚当たるまで繰り返す。最後の1枚になったら、残っているカードを指して「これなーんだ?」と問いかける。すぐにはわからない。わからなければ、すでに正解したカードを指さして「星」「お金」「お花」と確認し、「じゃあ、これはなーんだ?」と再び問いかける。

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  5. それでもわからなかった。できるようになるまでには、かなりの時間が必要だった。わからなければ、もう一度すでに正解したカードを確認して問いかける。それでもわからなければ、最後のカードをちらっと見せる。本当にちらっとである。ちらっと見せたら裏返して、「これなーんだ?」と問いかける。進歩してきたら、ちらっと見せた後、意地悪して、わざと少しだけ時間をおいてみたりもした。正解したら、笑顔で爆発的に称賛した。

 毎回、同じカードの方がいいと思う。4枚のカードが頭に入るからだ。しかし、ときどき、別バージョンの絵カードも使った。目的は短期記憶を育てることだからだ。こんなカードだ。カーラーのカードである。左から「ロードローラー」「トマト」「ボール」「ドラえもん」である。「ロードローラー」は、生徒が好きな乗り物だった。

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 私とその生徒が休み時間のたびに楽しそうに盛り上がっているのを見て、しだいに周りの生徒が寄ってきてくれるようになった。比較的障害の軽い、面倒見のいい女子生徒にやり方を教えて、私の代わりにやってもらったりした。相手が同級生、しかも女の子だと、さらに楽しそうな顔を見せ、意欲が高まったように思う。コミュニケーションの点からもよかったと思う。夏休み前ぐらいまでは、本当に、文字通り休み時間のたびにやったという感じだ。秋以降は他のこともやったので、一日に1~2回ぐらいになったと思う。自立活動の時間にも、ウォーミングアップとしてやったりした。はじめから4枚のカードを使ったが、2枚、3枚とスモールステップで増やしていっても良かったかもしれない、と今は思っている。

 このゲームが効果があったのかどうか、正確なことはいえない。教育には「再現不可能性」という限界があるからだ。すでに実施したことについて、実施した場合と実施しなかった場合を、全く同じ条件では再現できないのである。うまくいったとしても、もしかしたら違うところに原因がある可能性が考えられるからだ。

 ただ、私としては、多少なりとも効果はあったと考えている。ゲームをするたびに正解することが多くなり、それと比例するように長い文を話せるようになっていったと感じているからだ。もちろん、これは私の主観的な評価・判断にすぎない。なんとなく、そう感じるだけである。単なる勘違い、あるいは希望的観測かもしれない。