特別支援の不思議な世界

高校教師だった私が特別支援学校勤務をきっかけに知ったこと考えたこと

境界知能と高校の現場

「境界知能」については、以前にも記したことがある(「知的障害と境界知能」「IQと境界知能」)。

「境界知能」とは、一般には知能指数(IQ)が「70以上85未満」の人をいう。IQの平均値は100であり、その1偏差値は15なので、平均値±15、すなわち「85以上115未満」が平均域となる。「IQ70未満」は一般には知的障害とされるから、その間の「70以上85未満」は、知的障害と平均域のボーダーにあたり、「境界知能」ともいわれる。人口の約14%程度が該当するとされ、成人で中学校3年生程度の知的能力だとされる。

知的障害が「IQ70未満」とされたのは1970年代以降のことであり、それ以前はIQ85未満だった時期もあった。また、1965~1974年まで使用された世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第8版でも「IQ70~84」は境界精神遅滞と定義されていた。現在、「IQ70未満」が知的障害とされてる背景には、「IQ70以上85未満」を知的障害に含めてしまうと、あまりに知的障害の人口が多くなってしまい、支援者の確保や財政の面で困難だという事情もあったようだ。したがって、「IQ70以上85未満」の人は本来支援が必要な人たちである可能性が高いが、行政の福祉サービスの支援から外れてしまう人たちなのである。

こうした境界知能(場合によっては知的障害)の可能性が高いのではないかと思われる生徒が、現在の高校には少なからず在籍している。原因の一つは少子化に伴う高校の定員割れの現実だ。私の住む宮城県においても、仙台市以外の地域にある高校は軒並み定員割れである。その傾向は《底辺校》《困難校》や工業・商業・農業・水産などの実業高校だけでなく、進学者の多い地域の拠点校にも及んでいる。定員割れの場合、よほどの合理的理由がなければ、不合格にできないのが現実だ。それが県の方針なのである。一方、中学校の特別支援学級に在籍する生徒も減少している。ずっと以前であれば、行政によって半強制的に特別支援学級に回された生徒が、人権(自己決定権)やインクルーシブ教育の理念を背景として、保護者や本人の希望で普通学級で学んでいる現実がある。普通学級の授業にまったくついていけなくても、普通学級に在籍し続けるのである。知能検査も受けないまま、普通学級に在籍するのだ。もちろん、支援員の配置などの配慮はあるようだが、根本的な解決にはなっていないようだ。

こうして、境界知能(場合によっては知的障害)が疑われる生徒たちは、有効な支援を受けることなく、中学校を卒業して高校に入学してくることになる。多くの先生方はそうした生徒が入学してくることに問題を感じているようだが、現実的な傾向は大きく変わりそうもない。おそらくは、学校が変わるしかないのであろう。先生方がそうした生徒をどのように受け入れるのかを考え、授業形態や評価システムなど学校のしくみそのものを変えるしかないのだ。それは学校の在り方の明治以来の大変革にならざるを得ないだろう。再任用教員としては、そのような大きな変化に適応できる自信も時間もない。

 

(参考)宮口幸治『境界知能の子どもたち』(SB新書:2023)