特別支援の不思議な世界

高校教師だった私が特別支援学校勤務をきっかけに知ったこと考えたこと

IQと境界知能

 ベストセラーとなった宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』は、多くの衝撃的な事実を取り上げた本だったが、高校で生徒指導をやってきた私には首肯できる説明が多かった。高校は進学校や普通の高校ばかりではない。「底辺校」とか「教育困難校」とか呼ばれる高校も意外と多く存在する。それぞれの地区に1校~2校はあるといっていいと思う。そこには、アルファベットが全部は書けないとか、掛け算九九が全部はできないとかいう生徒も少なからず存在する。割り算や分数を理解していない生徒などは普通に存在するといっていい。

 ところで、知能を判別する際、知能指数(IQ)が目安とされる。知能検査のスコアである。現在、一般に知的障害とはIQが70未満のものをいう。IQ70未満で社会生活に困難があると判断されれば、知的障害の診断がつき、療育手帳が発行される。ところが、このIQ70未満は知的障害という定義は、1970年代以降設定されたものなのだそうだ。驚いたことに、1950年代の一時期には、IQ85未満が知的障害されたこともあったという。ところが、IQ85未満とすると、知的障害と判定する人が全体の16%程度になりあまりに多すぎる、現場の実情に合わないなどの理由からIQ70未満になったのである。現場の実情に合わないとはどういうことだろうか。おそらくは財政的な問題か労働人口の問題だろう。いずれにしても、知的障害は医学的あるいは教育的見地からではなく、障害のある人の困難さとは無関係な社会的諸条件によって決められたことだといえそうだ。

 現在、IQ70~IQ84の人は「境界知能」といわれるのだそうだ。この人たちは、1950年代であれば知的障害といわれた人たちということになる。1950年代に比べて社会が複雑化・高度化していることを考えると、この人たちは大きな困難さを抱え、支援を必要としているといえるかも知れない。知能分布から算定すると、IQ70~IQ84の人たちは14%程度であるから、現在の標準的なクラス35名のうち約5人ということになる。つまり、クラスの下から5人は1950年代なら知的障害と認定された人たちなのだ。

 彼らが普通学級の中で生きづらさを抱えていることは想像に難くない。そしておそらくは、「底辺校」とか「教育困難校」とか呼ばれる高校にはそういった生徒たちが多く在籍しているものと考えられる。

宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』新潮新書2019