特別支援の不思議な世界

高校教師だった私が特別支援学校勤務をきっかけに知ったこと考えたこと

「指先でつまむ」を育てる②

 「指先でつまむ」を育てる①(→こちら)で、とりあえず「つまむ」ことができるようになった男子生徒について、このトレーニングをその後どのように展開していったらいいのかわからなかった。かつての教え子である作業療法士にも相談してみたが、ピンとこなかった。結局、いつものことだが、素人の浅知恵で、やりながら手探りで、次の5つの方向へ展開してみることとなった。

① より小さなもの、いろいろな形の物をつまむトレーニングをする。

 実はこれはあまり重視しているわけではなかった。だからあまり特別の時間をさかず、作業学習の時間にだけ行うことにした。作業学習では、「つまむ」というスキルを活かして、UVレジンの型の中にいろいろなものを入れることをやらせていたが、これまでよりも小さな1~3mm径のビーズやカラーチップ、糸などをつまませた。これについては順調にできるようになっていったと思う。

② 比較的簡単なものに長い時間取り組ませる。

 これも特別の時間を設けず、主に作業学習の中で行ったことだ。彼にとっては簡単すぎず、しかも十分にできるレベルのことに長い時間取り組ませた。具体的には、5mm程度のアイロンビーズをつまみ、ボトルに入れる作業だ。集中力の持続と手元を見る習慣付けがねらいである。手元を見ず、よそ見をしてしまうことが彼の課題だったからだ。もちろん、一定時間あるいは一定量の作業をこなした後は、彼が大好きなiPadを貸して、それを動機付けとした。また、様子を見ながら途中で休憩を入れたりもした。事情があって6日間学校で行った実習では、毎日、500個のアイロンビーズをボトルに入れた。気が付くと、1時間以上も休憩なしで取り組んでいることも何度かあった。

③ 「ひねる」に取り組ませる。

  「つまむ」だけでなく、指先を使ったもっと違う動作の習得を目指した。具体的には、容器のふたをひねってあけることに取り組ませたのであるが、これについては別の項目を立てて記したい(→こちら)。

④ 左手で「つまむ」をやらせてみる。

 作業療法士からの助言を参考にしながら、左手でも「つまむ」という動作のトレーニングをさせた。右手の時と同じように(→こちら)、キネシオテープで指を固定し、いろいろな大きさのビーズをつまませた。右手と左手の協調動作のため左手を使う経験をさせることがねらいであり、左手で細かい作業ができることを目指したわけではない。とにかく、左手を使う刺激を与えたかったのだ。これは、はじめの頃は集中的に行ったが、しだいに3日に一度、さらに一週間に一度程度に減らしていった。

⑤ 基礎トレーニングを続ける。

 彼にとってはもはや簡単すぎると思われるような基礎トレーニングをあえて続けてみた。小さなことだが、結果的には彼の指先は確実に発達したように思う。基礎トレーニングは隙間時間を利用したり、彼にとって難しいトレーニングの後に行ったりした。脳が「できなかった」ではなく、「できた」という状態で終わりにしたかったからだ。基礎トレーニングとはこんなものだ。

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  ビー玉をつまみ、切れ込みの入った穴に押し込むドリルである。ビー玉をつまむこと自体はもはや彼にとっては簡単なことだ。ただ、それを容器の穴に押し込むスキルは簡単ではなかった。はじめは穴が大きく押し込みもゆるい写真左側のものを使っていたが、なかなかうまくできなかった。練習しているうちにできるようになり、写真右側の穴も小さく押し込みもきついものに発展させた。このドリルのねらいは、人差し指と親指の協調動作と、人差し指がきちんとビー玉の中心をとらえることを促すことだ。人差し指が中心をきちんと捉えていないと、ビー玉が横にずれて飛んでしまうのだ。トレーニングを繰り返すうちに、ミスの回数は劇的に減っていった。3か月程度やった現在でも、1~2回ミスすることはある。このトレーニングで、物の中心をきちんと捉えてつまむことができるようになっていると思う。

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  コインをつまんで貯金箱状の容器に入れるドリルである。はじめは金属のコイン(銀色)のみでやっていたが、100円ショップで買ったプラスチックの大きいコイン(金色)も混ぜてみた。微妙に力加減を変えないと金属の重いコインを落としてしまう。材料の質感や重さを感じて、指先を調整する必要がある。これも練習のたびにミスが減っていった。ミスした場合でも、自分でコインを持ちなおすようになっている。また、貯金箱風の入れる穴の方向を少しずつ変えるちょっとした「いじわる」もした。切れ目の方向に応じて、コインの方向を変えることが必要になるのだ。こちらはまだ完全とはいえずうまくできないことも多いが、指先で微妙にコインの方向を変えることができるようになってきている。

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 ステックを小さな穴に入れるドリルである。よくあるプットインだ。彼はこのドリルは以前からできていた。ただ、わしづかみだった。「指先でつまむ」を育てる①(→こちら)で記したように、キネシオテープで指を固定してトレーニングすることで、ステックをつまめるようになった。ただ、ステックの先をもったり、奥をもったり、またスティックをつまむ角度が適正でないことも多かった。うまく穴に入らない時は、そのたびに適正な角度でもつよう直してあげていた。ところが、トレーニングを繰り返す中で、気が付くといつのまにか、スティックのちょうどいい場所を持ち、指の腹で微妙に角度を調整して持つようになっていた。すごい。ちょっと驚いた。

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 基礎トレーニングは、まだしばらく続けていこうと考えている。彼の成長についての思わぬ発見や、新しい展開への見通しが立つかもしれない。