特別支援の不思議な世界

高校教師だった私が特別支援学校勤務をきっかけに知ったこと考えたこと

「大小の概念」を育てる

 大小の概念を身に付けさせるのは難しい。そもそも、大きい小さいの意味がわからないのだから、ものを2つ並べて「どっちが大きい」と聞いてもダメなのだ。我々だって、大きいとはどういうことか、と聞かれれば答えに困ってしまうだろう。仮に答えられたとしても、重い知的障害のある人にそれをうまく説明できるかどうかは別の話だと思う。寸法を測るのでなければ、おそらく、大小の概念は感覚的な経験の統合の中から育ってくるものであり、何かを教えてわかるような種類のものではないような気がする。

 相手は重複障害のある高等部の3年生だったが、大小や多少の概念は育っていなかった。素人の浅知恵で、大小の概念は大小の対関係を相対的に認識することだから、とにかく2つのものを比べる経験を積ませてみるしかないと考え、タイルを使ってやってみることにした。作ったタイルはこんなものだ。100円ショップで買ったカラーマグネットを切って作った。形は円、三角形、四角形の三種類。色は赤、青、黄色の三色だ。なお、このタイルは形や色の認識の学習にも使用した。

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  1. 同じ色、同じ形で明確に大きさが違うタイルを比べた。タイルを指さしながら、「大きい」「小さい」と言い、今度はタイルの場所を交換して「大きい」「小さい」と言ってみた。
  2. 「どっちが大きい」と問いかけた。正解したら称賛し、間違ったらタイルを指さして「こっちが大きい」と教えた。はじめは机の上でやっていたが、タイルを面白がって触ろうとするため、途中からはホワイトボードに貼るようにした。
  3. 何度か繰り返し、次はタイルの色や形を変えてやってみた(色や形の同じものを比べる)。とにかく繰り返しやってみた。正解率が高まってきたら、ときどき「どっちが小さい」と聞いてみたりもした。また、最初に「大きい」「小さい」と説明しないでやってみたりした。これが到達点の評価になる。
  4. ある程度できてきたら、形は同じで色の違うタイルを比べてみた。もちろん、はっきりとサイズが違うものを比べる。できなければ、最初に「大きい」「小さい」と説明した。感覚の経験を増やすしかないと思い、とにかく続けた。
  5. その後、色は同じで形が違うタイルを比べたり(大きい四角形と小さい三角形など)、形も色も違うタイルを比べてみたりした(大きい赤い四角形と小さい気黄色の三角形など)。色や形の情報を取り除き、大きさという情報だけを取り出す知的な作業が必要と考えたからだ。タイルのサイズははっきり違うものを使った。
  6. 主に自立活動の時間にやったが、3か月ほどで明らかに大小の違うものについてはほとんど間違えることがなくなった。この間、学校生活の中でも、学校の備品などを「どっちか大きい」とか聞いたりした。
  7. その後、サイズがやや接近したものの大小の判断や、3つのタイルを大きい順に並べ替えたりすることにも取り組んだが、なかなか完全にはうまくゆかず、時間切れで卒業ということになった。

 タイルを使ったのはやや抽象的だったかもしれない、と今は考えている。動物や乗り物などもっとリアリティーのあるものや、欲望と結びついた食べ物などの大きさを比較したほうが効率的だったと思う。多い、少ないについても、おはじきを使ってやってみたが、10個と1個のように明らかに違うものについては、できるようになった。