特別支援の不思議な世界

高校教師だった私が特別支援学校勤務をきっかけに知ったこと考えたこと

「自分でストレッチ」を育てる

 知的障害と肢体不自由の生徒を担当したときのことである。ひどい拘縮のため、右手がほとんど使えない生徒だった。右手の拘縮は身体全体のバランスにも影響を及ぼし、歩行姿勢が安定しない生徒だった。

 素人の浅知恵で、覚えたての動作法を用いて関節を伸ばしたり、高校の長年の部活動指導で身に付けたストレッチで筋肉に刺激を与えたりしていた。前任の先生からの引き継ぎでもストレッチや関節を伸ばす取り組みをしてきたとのことだった。多少の効果は見られた。動作法やストレッチの後は、自然に手が下がり、関節が伸びていた。また、希望的観測かもしれないが、歩行姿勢も安定し、動きもやや良くなった気がした。しかし、時間がたてばまた元に戻り、右手の拘縮はひどくなる。その繰り返しだった。その取り組みを続けていても、何かが大きく変化する見通しはなかった。

 そんな時、たまたま学校に来た作業療法士から助言を受けた。高校教師時代の教え子である。右手の拘縮の障害は治るわけではない。しかし、何もしなければ拘縮は進み、いろいろのデメリットが生じるだろう。何とか現状維持をすることを考える必要がある。生活介護施設で生活することを考えると、介助者がストレッチをやってあげるのではなく、できれば、不完全でも自分でストレッチすることを教えた方がよい。人員的問題から、生活介護施設では学校ほど手厚い介助や指導ができないからだ。そんな助言である。

 納得できる助言だった。動作法やストレッチの効果を検証してきた自分のやり方は、はっきりいって自己満足的だと思った。障害を受け入れ、それを前提に生活する術を模索する。そのほうが、生徒の人生のQOL(クオリティー・オブ・ライフ)は向上するように思えた。教え子の作業療法士から、取り組めそうな簡単なストレッチ法をいくつか教えてもらい、取り組むことにした。ついでに歩行姿勢を安定させるための片足立ちについても教えてもらった。立派に成長した教え子を見るのはうれしいものだ。

 朝の運動の時間や休憩時間を使って、自分でストレッチすることに取り組んだ。机に右手をひっかけてその上から左手で押して伸ばすストレッチや、両手を組んで一定時間頭上にあげるストレッチ、一定時間上を上を見るだけの首のストレッチなどだ。2か月ほどで何となくできるようになり、半年ほどやって「自分でストレッチ」という声がけだけでひとりでできるようになった。卒業前には保護者と生活介護施設の職員に引き継ぎをした。何とか続けてほしいし、できればレベルアップしてほしい。

 片足立ちは、やや運動部的にやった。はじめは、左右10カウントずつからはじめたが、しだいに20カウント、30カウント、40カウント、50カウントと発展した。最後は50カウントを2セットずつまでいった。また、はじめは拘縮のある右手をしっかりつないで支えていたが,しだいに支える力を弱めて指数本だけにし、最後は指一本をバランスをとるために触るだけというところまでいった。達成感があったせいか、生徒は意外とむ喜んでやったように思う。私がカウントして目標をクリアした瞬間、生徒は自信に満ちた表情を見せる。もちろん称賛する。称賛というより、一緒になって喜ぶという感じだ。生徒もうれしかったようだが、私もうれしかった。単なる脚力強化以上のものがあったように感じている。

 歩行姿勢については、次の作業療法士の訪問のときもう一度見てもらい、歩行姿勢がよくなっていると評価された。最初にやっていた、教師による動作法やストレッチを続けていたら、大した進展はなかったかもしれない。

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手のストレッチ

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